"心を込めたものづくり"を目指し、失敗した過去のお話です。

私は、2007年31才まで研究者として働いていました。2008年32才で家業であるネクタイ縫製業に興味を抱き、モノ作りを楽しみたいと入社しました。


しかし、ネクタイ業界というと、2005年クールビズ、2008年リーマンショック、2011年東日本大震災と弊社の売上は半減。特に、2011年東日本大震災は、入社して3年経ち、また、人の命に関して考えさせられることが多く、自分のモノ作りへの在り方を考えるようになり、使い手よりも、モノを流通させるためのモノ作りに疑問を抱き始めました。


なんでこんなに、誰が使うかわからないものを、わんさかわんさか作らないといけないのか?お金ははいってくるけど、やりたかったモノ作り、幸せな日常ではない。そもそも、自分が作りだしたものを愛せない、そんなものを作っていいのか、更に、お客様に苦痛さえ与えているかもしれないのに


このままでは、モノ作りが虚しいものになっていく・・・・・

幼少時代の私は、年に数日ですが、父の田舎である岐阜県日吉村で過ごす日々が一番好きでした。そこで過ごす日々には、ほんとに沢山のモノ作りがありましたが、素朴で、生活している実感をすごく感じるモノ作りでした。

その中で、作ってもらうものは、プレゼントといった類のものではなく、とても味わい深いものでした。庭にある畑からとってきたナスをささっと料理する、大人のためには、ピリ辛風に、子供のためには、甘辛風に・・・・・

そんな風にネクタイを作ってあげられたらいいな。まずは、身近な人に、心を込めてネクタイを作ることから始めよう。2011年東日本大震災後からの1年間は、心を込めたモノ作りをしたいとは思うものの、本業の事業改善に奮闘した1年でした。いよいよ2012年から自分が思う "心を込めたモノ作り" がスタートするのですが、、、、、


2012年 最初に手掛けたのが、セッテピエゲやディエチピエゲなどのネクタイの原型と呼ばれる芯が入っていない技術的に困難なネクタイ。ディエチピエゲなら、作るのに大変ですし、心を込めて作れるのでは、、、、、



セッテピエゲをご存じの方なら理解して頂けると思いますが、芯がないので、表生地を複数回折り込んで、ネクタイの形に仕立て上げます。更に、誰かがその型の作り方を教えてくれるわけでもありません。業務時間以外でこのセッテピエゲの型を作り上げるのに、1年の歳月を費やしました。




しかし、身近な人でセッテピエゲをするような方はいなく、この1年間は、難易度の高いネクタイの型作りを勉強した1年で終わりました。

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